年上ばっか
最近イイ出会いしてないなぁ。
なんか年上の人ばっか多くて、あんまし上手く続かないし。
年齢はどっちかって言ったら近い人がいいんだけど
近いコだとなかなかいないんだよね。
自分のタイプのこと出会いたいな。
氷室、6億円超を被災地に寄付
ロック歌手・氷室京介が、6月に開催した東日本大震災復興支援ライブで集めた総額6億6922万940円を、被災地の福島県、宮城県、岩手県に寄付したことが28日、わかった。米・ロサンゼルスに滞在している氷室に代わり、復興支援ライブの企画段階より関わっている報道番組『NEWS ZERO』(日本テレビ系)から村尾信尚キャスターが被災地を訪れ、各県知事に手渡した。
復興支援ライブでは氷室がBOOWY楽曲を熱唱
同ライブは、自身がボーカルを務めたロックバンド・BOOWYの解散以降、初の全編BOOWY楽曲で構成されるとあって、6月11日、12日の2日間で約11万人ものファンが東京ドームに集結。チャリティーライブとしては国内史上最大規模となるなど話題を呼んだ。「本来なら自分の手で各県の代表の方に直接手渡しする、その最終行程までを責任の元に遂行したかった」という氷室だが、現在、ロサンゼルスに滞在していることから、同番組に託す形となった。
1県あたり2億2307万3646円を贈られた3県は、その使い道について「『東日本大震災ふくしまこども寄付金』(震災で親を亡くしたり、原発問題で移動を余儀なくされ、苦しむ子供たちのための基金)として役立てたい」(福島県)、「県が行う災害復興対策事業(産業復興、地域医療復興など)に充当したい」(宮城県)、「『いわての学び希望基金』(津波・震災孤児などの支援)として活用したい」(岩手県)としている。
ライブやコンサートグッズの収益金を合わせ多くの金額が集まったことに、氷室は「企画を構築してくれたコンサート制作会社をはじめ、参加してくれた全てのスタッフ、そして駆けつけてくれたオーディエンス、それぞれの気持ちが見事に結実した成果だと思います。この場をお借りして、皆さんに感謝の意を述べさせて頂きます」と感謝。
「震災から約半年が過ぎ、被災地とそれ以外の地域の方々との間にも、徐々に意識のズレが生じてくる頃かと思います。これからもマスメディアの皆さん方を中心に、コメントを出せる立場にいる僕らも一丸となって、両者の距離を縮める役割を担っていけたらと思っています」とさらなる支援を表明した。
香川照之に歌舞伎できるのか
40代半ばという超遅咲きで歌舞伎界の初舞台を踏むことが決まった俳優、香川照之(45)。歌舞伎の名門に生まれながら、ようやくつかんだあこがれの舞台だが、すんなりと初舞台が務まるのだろうか。
【写真で見る】香川照之の長男も歌舞伎界へ
市川中車(ちゅうしゃ)として迎える香川の初舞台は来年6月の「初代市川猿翁 三代目市川段四郎五十回忌追善六月大歌舞伎」(新橋演舞場)。このときは46歳になっている。3歳ほどで初舞台を踏む歌舞伎界からすると、46歳での初舞台はまさに異例だ。
香川の父は言わずと知れた三代目市川猿之助(71)。母は女優の浜木綿子(75)だが、1968年に2人が離婚したことで浜の手で育てられ、猿之助とは長らく絶縁状態だった。
息子を芸の世界から遠ざけたかった母の意に反して、東大を卒業した香川は俳優業を選び、この10年間で屈指の演技派となったが、果たして歌舞伎役者はどうか。演劇コラムニストの石井啓夫氏は「あと1年近くあるから心配ない。大親友でいとこの亀治郎からたっぷり学べる」と話す。
追善の大歌舞伎では、その市川亀治郎(35)が四代目市川猿之助を襲名する。2人は昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」最終回で共演。それ以前から親密な仲だった。亀治郎が大河「風林火山」(2007年)の収録を迎える前、先祖の墓参りに行ったときのこと。「墓の前で自分そっくりな男が声を上げて泣いている。だれかと思ったら、それが香川。それで一気に親しくなった」(石井氏)
香川自身も歌舞伎に強いあこがれを持っていた。芸能界入りしてまもなく猿之助に会いに行って「息子ではない」と冷たく突き放されたが、「映画やドラマに出演すればするほど、日本の芸の原点である歌舞伎に思いが募っていた」(ベテラン映画評論家)。04年に生まれた長男、政明君にも歌舞伎を継がせようとしていた。
「猿之助も歌舞伎界のこの先を考えたとみるのが自然。香川の長男を、かつて自分が名乗っていた市川團子(だんこ)として襲名させるのは、将来の猿之助と認めた証拠。香川の真摯な気持ちを心から受け止めたのだろう」(石井氏)
香川が名乗る市川中車も由緒ある名跡。71年に死去した八代目中車の父は初代猿之助だ。
27日の会見で、脳梗塞を患って以来、一線を退いていた猿之助が登場。香川は今春から猿之助と同居していることを明かした。猿之助はカメラに向かって「浜さん、ありがとう。恩讐のかなたにありがとう」と語りかけ、香川は「母も喜ぶと思います」と涙ぐんだ。歴史的な和解の瞬間だった。